漫画原作者 猪原賽BLOG

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“マンガ雑誌は編集長の私物である”―某少年誌の新編集長の「宣言」と大御所を連れ戻した有言実行に思うこと

漫画原作者の猪原賽です。

先日、某少年誌の新編集長が前代未聞の「宣言」を誌上に掲載し、さらにその有言実行として、かつてその誌面に連載していた大御所作家を連れ戻すことに成功し、話題となりましたね。

その元となった「宣言」に関して、ちょっと言及しておこうと思います。

業界的には当たり前!雑誌は編集長のものです

1・あの「宣言」は業界では当たり前

その新編集長が誌面にぶち上げた「宣言」は、その雑誌の「私物化」とも取れる言葉であり、ネット上のマンガ読みの中では賛否両論、喧々諤々。様々な反応があったと思います。

が、私が思うに、「編集者」という職業に就く人間は、そうした「私物化」は仕事上の夢であり、「編集長」とはその夢を実現できる役職。本来ならばあの新編集長が、あのような宣言をするまでもなく、そういった立場にあるべきもののはずで、正直ネット上の反応を見て「何を今更」と思っていました。

しかし、その考えもきっと、このマンガ業界にいるからこそ見えていたことで、マンガを読む読者にとっては、見えなくていい、知らなくてよかった内情。マンガはこうして作られているのですよ、雑誌をつくる編集長というのはこういう覚悟でやっているのですよ、あなたの好きな、好きだった作家を、元・読者のひとりとして、連れ戻してみせますから、ぜひ私の雑誌に注目していてください! という新編集長の背水の陣だったのではと考えるに至り、事実、大御所作家を連れ戻したことに、賞賛と敬意を評したいと思います。

2・作家と編集者の関係、雑誌の“色”

作家と編集者は、単なる仕事上の付き合いに留まりません。

担当編集者とは、作家のつくるマンガの、最初の読者。作家はその“最初の読者の意見”を参考にし、作品をさらに良いものに仕上げることになります。

作品が、作家が売れるかどうか、その結果において、お互いの信頼関係を強くしていく。

そんな編集者が、自分の信頼する作家を集め、雑誌のカラーを変えていく。編集長の座というのはその権限がある地位であり、ということはくだんの新編集長の「宣言」も、何のことはない、当たり前のことだと自ずとわかってもらえるのではないでしょうか。

いろんな出版社、いろんな雑誌を渡り歩いた作家として、私の身に起きた実際をひとつ書けば……

3・編集長が変わるとこんなことが起きる“例”

  • 掲載目前だった読切マンガが、編集長が変わったことで誌面の方向性と合わず、掲載まで2年以上の時を要した

例が、私にはあります。また、

  • 創刊前と創刊直後で編集長が変わり、創刊前に設定していた対象年齢と、創刊後のそれが変わってしまい、創刊前の対象年齢のまま走らせた連載がアンケート結果が自ずと悪くなってしまった

例も。これは、新しく創刊される雑誌を統括していた準備段階での編集長が、体調不良で現場におられず、創刊前に編集長が変わってしまったという特殊な事情によるものです。

私は、創刊前のけっこう早い段階から「小学校高学年の男子」を想定読者として連載を決めていたものの、そのコンセプトを目指していた編集長が、創刊直前に体調不良で実務が出来ず、創刊は既に決まっていたため、新しく任命された編集長が、新たなコンセプト・対象年齢で作品をかき集めた結果、フタを開けてみたら「中学生以上の男女」が想定読者層と思える作品が集まっていた。

私の「小学校高学年男子」を対象にした作品が、その雑誌のカラーに合わず、連載としては大失敗となってしまったわけですが、雑誌のトップたる編集長が決めることですから、どうしてもその編集者(編集長)のカラーになるのは当たり前。そこに私が、頑なに、前の代の編集者(編集長)のカラーの作品を載せていたのだから、読者に不評だったのもうなずける話です。

じゃあ連載をやめれば良かったじゃないか。作品のカラーを修正すれば良かったじゃないか、との意見もあるでしょうが、とにかく雑誌ひとつ作るには、多くの作家さんが作品を提供しないといけないわけで、ちょっとその雑誌の創刊直後は、準備不足でいびつな作品群が集まっていたことは否めなかった。

そうしてそんないびつな作品は早々にフェードアウトし、今ではきちんと雑誌として走っているのだから、それはそれでいいんじゃないかと思います。

4・あの「宣言」は作家と編集の信頼関係の“公言”

関係者の誰にも悪意を持っておりませんが、具体的に書けばいろんな憶測も出るでしょうかから、私の体験は、このままぼやかしておきます。が、ここで言いたいのは、とにかく雑誌とは、「編集長の私物」。これ、当たり前。

それは「私物」という言葉尻だけ取れば微妙な言葉ですが、作家は編集者を信用して作品を誌面に提供する。その人の色の作品が多くなり、ヒットすれば、自ずとその編集者は編集長になる。それが結果的に「私物」感が出る、ということです。

某誌に大御所作家が戻って来た。連載や読切を載せる予定である。そのニュースを聞いた時、業界的には当たり前のことながら、その内情を読者に明らかにした上で、事実、作家を連れ戻した。

この有言実行は新編集長がその作家に信用されているという証拠として、読者やファンは大いに喜び、歓迎していいことなんじゃないかなと思います。

……で、そうして返って来た、大御所作家さん達。なにも新編集長は、過去の伝説だけを振り返り見ている「回帰」だけでなく、実は「マンガ雑誌」というシステムだからこそ、大御所作家の帰還により、中堅作家や新人を改めて育てることが出来る土壌が整ったと言える……そんな「マンガとマンガ家を育てて来た業界の“マンガ雑誌”というシステム」について、次回はお話いたします。

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