漫画原作者 猪原賽BLOG

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「マンガ雑誌」というシステムがマンガ家を育てた―“紙”と“電子”の狭間でこれからマンガ業界はどうなるか

昨日のエントリー「“マンガ雑誌は編集長の私物である”―某少年誌の新編集長の「宣言」と大御所を連れ戻した有言実行に思うこと」に付いたコメントを拝見し、補足という形で今回、「マンガ雑誌」というシステムがマンガ業界でどう働いているのか、底辺漫画原作者ゆえに理解していることを書きますよ。

 「マンガ雑誌」という業界のシステムとは

 1・先日の某誌新編集長の宣言に雑誌の「革新」はあるか

1-1:はてブコメントを見た
“マンガ雑誌は編集長の私物である”―某少年誌の新編集長の「宣言」と大御所を連れ戻した有言実行に思うこと - 漫画原作者 猪原賽BLOG

うーん。ベテランは戻ってきたけど、それは「伝統」に回帰しただけで「革新」にはまだ足らない。サンデー立て直すには二の矢三の矢が要る。更なる一手を期待したいところ。

2015/11/30 06:09


うーん。ベテランは戻ってきたけど、それは「伝統」に回帰しただけで「革新」にはまだ足らない。サンデー立て直すには二の矢三の矢が要る。更なる一手を期待したいところ。 - toshi20 のコメント / はてなブックマーク

もう、ぼやかした意味ないくらい直接的な名前が出ちゃってますけど(笑)、前回の私のエントリーの主旨としては、例の「宣言」はマンガ家と編集者(編集長)の信頼関係の公言としました。

一度は誌面を離れた大御所作家さんを連れ戻した。それは編集長と作家の信頼関係があるから、読者は心配しなくていい、ということ。

ですが、単に過去、誌面のトップを張っていた作家を連れ戻しただけでは、単なる「回帰」に過ぎないと、toshi20さんはおっしゃっているわけです。期待のかけられる新人の育成と、抜擢。それがあの雑誌には必要だと。

1-2:全責任を追う宣言をした新編集長

それに関しては、大丈夫だと思います。だって新編集長は「連載作品は全部自分が見る」とおっしゃっているわけで、それは新人育成の責任も追う、ということです。

今後も、あの新編集長のカラーの新たな新人が誌面に載っていくわけで、新作が、新人が、売れるも売れないも新編集長の手腕次第。どう転ぶか……やきもきするのは、単に会社だけでしょうw

サンデーを愛する読者は、サンデーを愛する編集長が、サンデーの読者向けにどんな新たな“血”を入れるのか。それに期待していればいいじゃないですか。(あ、雑誌の名前言っちゃったw)

今回私が述べたいのは、こうした「大御所」+「新人」が「雑」然と混在したもの。それが「マンガ雑誌」であり、そのシステムこそ、マンガ業界を育てて来た、という話です。

2・マンガ雑誌が「マンガ」と「マンガ家」を育てた

2-1:マンガ雑誌の存在意義

私が、15年も底辺漫画原作者として今も仕事が出来ているのは、「マンガ雑誌」というシステムがこの業界にあったからです。

マンガの業界にちょっとでも詳しい人は、今、「マンガ雑誌が売れない」時期に入っていることをご存知でしょう。*1

赤字でも、毎月、毎週「マンガ雑誌」が出版されているのはなぜでしょうか。

「載せた作品をコミックスにまとめ、収益が上がるから」

だいたいそれであってると思います。ですが、この「マン語り!」でこれまでも述べたように、コミックスが出ない作家もいる。コミックスが売れないから。雑誌の赤字はコミックスで回収したいのに、コミックスが売れない作品は載せてられない。打ち切りコースです。

それでも、何度も何年も底辺を味わっている私が、この業界にいるのは、すべての赤字をカバーするほどの、スマッシュヒットを飛ばす連載が雑誌に掲載されているからです。

その雑誌の看板たる作品が、雑誌の赤字を補填するだけでなく、コミックスも出ない私のような底辺作家や、コミックスの売上げが未知数の新人の作品を救っているのです。

iharadaisuke.hatenablog.com

2-2:マンガ雑誌は業界の世代間“バトンリレー”だった

大きな数字を稼ぐ大御所作家の作品が載っているから、その作品のファンは雑誌を買い、買ったからには他の知らない作品も読む。すると「あれ?こんな面白いマンガも載ってるな」と、目当ての作品以外のマンガの存在に気付く。そして今度はそうした新しく目についた作品の読者になっていく。

雑誌の看板作品というものは……

  • 雑誌の売上を支え、
  • 他の作品を周知させるキッカケとなり、
  • 新人の作品が認知され、人気が上がり、
  • そんな新人・新作が今度は次の世代の「雑誌」を支えていく。

 「どんな大御所作家だって、みんな最初は新人だった」――そんな業界フレーズがありますよね。

新人マンガ家は、大御所作家の牽引する「雑誌」の中で、どんなに赤字を垂れ流そうと読者や編集者に育てられ、そしていずれ、次の世代の新人を支える作家となっていくのです。

もちろん最近は、インターネット社会で、SNS等の拡散でパーッと人気が高まる作家や作品もあります。が、出版社が紙媒体のマンガ雑誌にこだわる姿勢は、こうした「雑誌」を介して連綿と続く新人と大御所のバトンリレーを絶やさないためとも言えます。

まあ、既に新人でもなく、しかしなんとか暮らしている私のような底辺作家も抱え込んでいるわけで、それはまだ私が、雑誌の売上げを伸ばす可能性があると思ってもらえてる。それはありがたいことだと思います。がんばりたいなあ。

2-3:「電子化」の波がそんなリレーを壊しつつある

ですが、皆さんご存知のように、出版不況時代。雑誌の売上は全体的にみるみる落ちている。時間をかけてマンガ家を育ててるヒマのない、体力のない出版社が、赤字過ぎる雑誌を休刊させざるをえない。

既に「大御所」として世間に認知されている作家ならば、一人で、自分の生活を守るくらいは、雑誌がなくとも稼げる時代になって来ています。

セルフパブリッシング、自己出版、同人活動。雑誌で培った人気と認知度を背景に、電子の世界でセルフブランディング出来る。

そういう「一抜け」が可能な有名作家は、そのままずっと、作家として活躍することの出来る時代。しかし「雑誌」がなくなってしまっては、新人は、大御所の人気にあやかり読者に「顔見せ」する機会を失うことになるのです。

マンガ雑誌がなくなったら、マンガ家やマンガを育ててきたシステムがなくなってしまう。これはすなわち、業界の縮小と、近い未来の終焉が容易に想像できる。

底辺作家として、いつか人気が出る、みんなに知ってもらえる、そして、次の世代の新人を支える立場になりたい……そう思って仕事をして来た私にとって、この未来図は、非常に怖い。

自分の仕事を失うことだけでなく、「マンガ」という、私が命を捧げて来たエンターテイメントが衰退する。そんな未来、イヤ過ぎる。

3・電子の時代の「雑誌」の行く末

3-1:雑誌システム型作家は時代の遺物?

とはいえ、時代の潮流からは、人間抗えないのです。iPhoneの登場が、ガラケーや、音楽の楽しみ方を変えてしまった。

読書体験も紙から電子に移行する過渡期にある、出版業界。まだまだ紙が全盛なのは、それでも紙の本が売れ、求める読者の需要があるからです。でも、これからは、わからない。

紙にこだわらないWEB型、スマホ型のマンガサービスも人気が高まっていますし、そうした場所で活躍する作家は、ネットを利用したセルフブランディングも積極的にしています。

これまで、雑誌型の作家は、自分を読者の前に出さなかった。読者に提示されるのは作品のみで、SNSを使った読者との交流どころか、顔出しすらも滅多にしないものです。その神秘性がファンの心を掴んでいた時代もありましたが、ここまでSNSが発展してくると、SNSを介した直接のやり取りこそ、セルフブランディングであり、読者の認知・獲得のキッカケになるのでは?

逆に、旧来の雑誌システムの中だけでは、マンガ家は、まず自分の身を守れない状況にあるのではと考えます。*2

3-2:「雑誌」の生き残る道

では、マンガ雑誌はいずれ、消えるのか。そしてその結果、業界は衰退するのか。

わりとその予想図は、私は悲観的なものだったのですが、最近、トキワ荘プロジェクトのプロデューサーの菊池健さんが、こんなエントリーを書いていました。

tkw-tk.hatenablog.jp

これは以前もこのブログでも紹介したトピックスなのですが、この中に、(マンガ)雑誌の未来に関して、興味深い考察をされています。

筆者は、定額読み放題サービスで、逆に雑誌が復権することも考えられるかと思います。
単行本はあくまで、有料・キンドルで というポジションを維持しつつ、沢山のユーザーが利用する、定額読み放題サービスの中で、漫画雑誌が覇権を競うのは、次のシナリオとして面白いかもしれません。それなら、現在の、編集部&出版社体制も維持出来ます。そうすれば、マンガも今までどおり作れるかもしれません。

 赤字を垂れ流し続けるくらいなら、電子化という形で、読み放題サービスに取り込まれることで多少収益が少なくなっても、その体制が維持出来るかも……という部分。

そこから一歩、今回の「マンガ雑誌」というシステムがマンガ家を新人から大御所へ育てて来た経緯へ踏み込めば、まだまだバトンリレーは続く。そうとも言えるんじゃないでしょうか。

3-3:一方、あの少年誌は……

週刊少年4大誌の中で、特に最近はマイナスイメージで語られることの多かった例の少年誌。ですが今回、新編集長の「宣言」と有言実行で、一度は離れた大御所が戻って来ることになった。

改めて、あの誌面でのデビューを考えている新人や、守っていた中堅が、大御所の売り上げで牽引されることになる。いや、ならないといけない。

業界の電子化の波の中で、一番最初に「紙のマンガ週刊少年誌」のレースから振り落とされないために張った背水の陣。その覚悟。

これは何もあの雑誌に限らず、その他の「マンガ雑誌」と「マンガ」そのものの行く末を占う大事な転換点。

出来れば私は、今後もこの「マンガ業界」の歴史の中で、現役作家・生き証人として見守って行きたいなと思っています。

今回の「マン語り!」はここまで

こんな感じで、マンガ業界トークを適時更新していきますんで、当ブログ「漫画原作者 猪原賽BLOG」、「読者」になってくれるとうれしいです。PCは右カラムトップ、スマホの場合は記事トップか下部にある「読者になるボタン」よりよろしくお願いします。

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*1:もちろんそれはマンガに限らず、ありとあらゆる紙媒体の雑誌がそうなんですが。

*2:こういうブログを書いている私は、雑誌型を脱却していると言いたいわけではありません。私の場合はあまりにも底辺過ぎて、こうでもしなきゃ存在に気づいてもらえないからですw ただの開き直りです。