漫画原作者の猪原賽(@iharadaisuke)です、こんにちは。
今回はマンガ雑誌の中での「読切作品」の扱いや、その“レア度”について軽く述べたいと思います。
このところお知らせしている1月8日発売のKindleコミック『オーバーペイントRe:PAINT』には、2011年に私と横島一さんが組んで雑誌に掲載した、コミックス未収録の読切作品『オーバーペイント(2011年版)』が収録されていますが、これまでなぜコミックスに収録されることなく寝かされていたのか――そんな話です。
なぜマンガ雑誌に読切マンガが掲載されるのか
1、新人の顔見せ
マンガ雑誌各誌の「マンガ賞」受賞作や、佳作に入った新人の新作マンガが雑誌に掲載される例が、一番マンガ雑誌の読切作品で多いでしょうか。
私の周囲で言えば、高橋すぎなさん。雑誌での連載を目指す新人マンガ家が、雑誌の読者への“顔見せ”、こんなマンガ描くんですよ、これからの活躍を期待してくださいねという意味で掲載されているもの。
高橋すぎなさんは仕事場仲間で、飲み友達でもありますが、ビッグコミックスペリオールに掲載された読切『鈴木さんの煩悶』は評判も上々、次回作に向けて、アシスタントをしつつネームを描く日々を送っているようです。
【追記】
このエントリー投下直後「代原は?」との問いがありました。
「代原」とは、雑誌の連載作品が急遽休載になった時、その穴を埋める代理原稿のこと。
主にデビュー前の新人や、マンガ賞受賞者の直後の新作がその穴埋めに使われることが多いので、今回のエントリーの主旨的には、この「1、新人の顔見せ」という分類で良いと思います。(追記以上)
2、連載枠への挑戦
新人だけに限らず、他誌で連載をしていたマンガ家さんや、過去誌面で連載していたマンガ家さんが、新たに連載をおこす前に、読者の反応を伺うための読切を掲載します。
即連載! というほど冒険出来ない編集部やマンガ家本人の判断で、読切バージョンの作品を掲載。読者の反応(アンケート結果)次第で、新たに設定等を見直したり、読切の続きという形で、間をおいて連載が始まるか、もちろんそのまま連載に至らない場合もあります。
例えば私・猪原賽と横島一さんが組んで秋田書店「別冊少年チャンピオン」で連載していた『ガンロック』。
これは過去「週刊少年チャンピオン」本誌で『悪徒-ACT-』を連載し、打ち切りを食らった事に慎重にならざるをえない我々と編集部の思惑があり、もちろん連載する気まんまんで企画を立てたのですが、「別冊少年チャンピオン」で、まずは読切で、という形で掲載されました。
コミックス1巻に収録されている第1話がその読切版にあたり、アンケートも上々だったので連載に昇格。約1年と間が開いてしまいましたが、正式に連載作品として始まりました。
3、新連載前のプロモーション
現在休載中ですが、ビッグコミックスピリッツ連載の『ヒカリマン』を連載する山本英夫先生。『ヒカリマン』は前作『ホムンクルス』からかなり時間が空きましたが、その連載が始まる前に『さよなら身体』という読切をスピリッツ誌上に発表しました。
『ホムンクルス』が終わって時間が経ち、久々に連載始めるよ! という告知を打つために掲載された『さよなら身体』。
予告を文字やカット1ページで済ますよりも、読切マンガ1本掲載したほうが、読者の目に付きます。「お、山本英夫マンガ描いてる」→「今度新連載始めるんだ!?」という読者の期待感を煽るわけです。
この場合、新連載作品のプレ作品(第0話)として描く場合もありますし、全く別の読切を描く場合もあります。
4、コミックスのプロモーション
これは、1月8日に発売する『オーバーペイントRe:PAINT』に収録される、コミックス未収録だった我々(猪原賽・横島一)の『オーバーペイント(2011年版)』の表紙です。雑誌に掲載されたものですが、よく見れば、下に関係ないカットが入っていますね。
『くまがヤン』のKindle版の告知になっていますが、雑誌掲載時は違う文字が入っていました。それが……
こちら。集英社「漫'sプレイボーイ」から少年画報社「月刊ヤングキング」に移籍した連載『くまがヤン』をまとめた全1巻のコミックス。
全1巻ということは、もう連載の終わったマンガのわけです。どこの雑誌にも掲載されていない作品のコミックスを売るにあたって、ヤングキング本誌の読者に、こんなマンガが発売されますよ、描いてるのはこういう人ですよ、という告知・顔見せのために掲載されたのが『オーバーペイント(2011年版)』だったわけです。
読切作品がマンガ雑誌に掲載される理由。それはだいたい以上の4つに分類できると思います。
もちろん、読切作品ばかりの増刊号があるように、二部リーグ的な扱いで読切が掲載されるものもありますが、そこまで細かく分類すると話が長くなるのでやめておきます。
私が今回言いたい本題は、こうした理由で掲載される読切作品の“レア度”についてなのです。
読切マンガは一期一会
読切の命は1週間〜1ヶ月
山本英夫先生が『ヒカリマン』の連載前のプロモーションとして発表された『さよなら身体』。これは衝撃の超展開を見せる山本先生の“鬼才”ぶりを遺憾なく発揮した短編でした。
いずれ『ヒカリマン』のコミックスに収録されるという事に期待したいですが、短編読切作品は、一度雑誌がコンビニ・書店から引き下げられれば、基本的に「短編集」という形か、「(連載中の)コミックス巻末」という形でしか読むことは出来ません。
月刊誌なら、本屋に置かれる時間は一ヶ月。週刊誌ならは、たった一週間。
読切マンガとの出会いとは、かくもレアな体験なんですよ。山本英夫先生の『さよなら身体』は、たった一週間しか、本屋に置かれなかったわけです。
ですが上の項目で書いたように、『さよなら身体』の場合は、これから始まる新連載のプロモーションタイプの読切。『ヒカリマン』が連載される限り、今後のコミックスで収録される可能性がある。
では、他のタイプでは?
「1、新人の顔見せ」なら、いずれ作者が大きくなった時、読切短編集に載るかも。ただし、絵柄が古すぎて稚拙すぎて……と掲載を見合わせる場合もあるでしょう。
「2、連載枠への挑戦」なら、その作品が連載化すれば、コミックスに収録されるでしょう。『ガンロック』も冒頭の1話が実は読切だったしこともありますしね。ただ、それが結果が悪い方向に転がれば……人気なく、連載にもならない。そのままなかったことにされる事が多いでしょうね。
「4、コミックスのプロモーション」ならば、やはりお蔵入りになる場合が多いんじゃないかと思います。売るコミックスとは無関係な話を描いていれば余計そうです。
(連載中の作品のコミックスのプロモーションとして、スピンオフ読切ならばまた別の話ですが、これもまた話が長くなるので割愛)
『オーバーペイント』がコミックス未収録だったわけ
そして事実、その「4」。『オーバーペイント』は『くまがヤン』のプロモーションのために描かれたものでした。……が、『くまがヤン』のコミックスの売上は及ばず、以後、我々は少年画報社に呼ばれた事はありません。少年画報社で描いた読切は、少年画報社のコミックスに収録されるべきで、その後画報社と仕事をしていないわけですから、『オーバーペイント』はそのまま、寝かされるほかなかったのです。
「Re:PAINT」でリノベーション!
(きんどうりさいくるより転載)
そこで今回の『オーバーペイントRe:PAINT』になります。
きんどうさんがぶちあげた「電子書籍業界活性企画」――マンガ家さんが【餅】というひとつのテーマで集い、読切短編マンガを描いてKindle書として出す――にどうやって乗ろうかと考えた。
短編マンガをKindleで出すというのは、以前から検討していましたし、特に創作界隈で同人誌を描いている方は、どんどん自前(KDP)で同人誌を発売したらいいじゃんと思っていた。
あれ? これ、過去描いて寝かせてしまっている読切マンガ、活かせるんじゃねえか? 単に過去の短編を掘って出しするだけでは話題性がない。
単に10数ページの新作読切をKindle書にするのも物足りない。*1
だったら、過去の寝かせてしまっている読切と、それに合わせた新作の抱き合わせという形なら、売ってみると面白いんじゃない?
『オーバーペイント』を『オーバーペイントRe:PAINT』としてリノベーションするプランが、ピッコーン! と思いついたというわけです。
だから“電子書籍元年”に期待したい
上で述べた「なぜマンガ雑誌に読切マンガが掲載されるのか」4つのパターンは、あくまで「マンガ雑誌」という舞台での話。
そうした舞台で、どんどん埋もれていった読切作品。面白いのに1週間・1ヶ月という一期一会も難しい環境で発表されたマンガ。そうしたものが、紙の雑誌という環境を離れれば、KDP、セルフパブリッシングという方法で、再びひとつの作品として、読者に読んでもらえるチャンスがある。ともすれば、印税収入となる。
……これ、いいんじゃない?
幻の作品を読める読者、読んでもらえて幾ばくかの収入になるマンガ家。WIN-WINじゃん。
というわけで、これは良いものだと思ってくれるマンガ家も読者も増え、またそこから埋もれた読切短編の発掘に、連載とはまた別の新作読切短編の発表に、“電子書籍”という場が活用されるようになれば――きんどうさんの言う「電子書籍元年」というのも夢幻には終わらないと思うんです。
ただしセルフパブリッシングの宿命として、作者で出来るプロモーションは限られ過ぎている。あとは――このブログを読んでいる読者の皆さんが、Kindle書を買って楽しんでもらえるか、楽しんでもらえたなら、さらにSNS等での【拡散】してもらえるか、口コミでどこまで広がるか。そのあたりが鍵なのかなーなんて思います。
『オーバーペイントRe:PAINT』1月8日発売です
上層部の分裂騒ぎに揺れる「邪馬淵組」。その屋敷では近隣住人のための正月恒例「餅つき大会」を自粛し、たったひとり残った組員・ケイイチと親分で、2人寂しく餅つきをしていた。暴力団を排斥する世間の流れに、屋敷の壁は悪意の落書きだらけ……。
そんな時、壁の落書きアート「グラフィティ」を描くストリート・アーティスト「ヌリコ」が現れ、屋敷の門に「龍」のグラフィティを“上描き”してしまい――犯罪スレスレのストリート・アート「グラフィティ」に新たな“意味”を与える、驚愕のストリート系少年マンガ、完全描き下ろし31ページ!
Amazon.co.jp: オーバーペイントRe:PAINT 電子書籍: 猪原賽・横島一: Kindleストア
1月8日発売! Kindle限定! 10日まではスタートダッシュセール250円→99円!
コミックス未収録だった『オーバーペイント(2011年版)』60ページも特別収録です!
ぜひご予約・ご購入手続きいただけると私はうれしい。
<関連リンク>
2016年は個人電子書籍元年にしたい!ので、マンガ家さんたちによるKindle短編マンガ配信企画をはじめました
*1:今回 #モチコン に参加されて、読切短編を発売している方への揶揄ではありません。私と横島さんの自分の作品に対する主観です。