漫画原作者 猪原賽BLOG

「学園ノイズ」「悪徒」「放課後カタストロフィ」の原作者/ブロガーが告知したり漫画の作り方、関連ニュースをお伝えします

韓国に先を越されてしまった「縦スクロールマンガ」の世界戦略と、日本のマンガの“隠れた市場”

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スマホで読む縦スクロールマンガ、韓国の「Webtoon(ウェブトゥーン)」と呼ばれるものがハフィントンポストのサイトに掲載され、日本に先行している……という話題がありました。スマホで読むことに特化した「縦スクロールマンガ」。日本で言えばcomicoが導入しているスタイルですが、こうしたスタイルは日本に根づくものでしょうか。

 縦スクロールマンガ「ウェブトゥーン」の未来

「ウェブトゥーン」は“世界”で覇権を握れるか

japan.hani.co.kr

韓国のマンガ家達が組合を作り、アメリカのマンガ業界に挑戦、縦スクロールマンガ「ウェブトゥーン」をアメリカのオンラインメディア「ハフィントンポスト」に掲載する……というニュース。
日本でこのスタイルを導入しているマンガサービスは、comicoに代表されますよね。
このニュースを受けて、このようなエントリーがありました。

tkw-tk.hatenablog.jp

縦スクロールマンガにおいては、韓国に遅れた日本。でも、まだまだアメリカでは話題となっておらず……

これ、今からでも間に合っちゃうかもしれませんね。


世界に縦スクロールマンガを持っていくのは、まだまだこれからのチャンスと見ました。それでも、今はまだ大丈夫かもしれませんが、ライバルを軽視することは百害あって一利もありません。やっぱり韓国の動きはとても早いですし、早晩次の手を打ってくることは必定です。日本もいち早く、アクションする必要があると思います。

 まだまだ間に合う、日本のマンガ業界も縦スクロールマンガに挑戦、海外へ進出すべきというお話。
ですが、このエントリーをブックマークしたところ、こんな反応がありました。

う、うーん……w
韓国ウェブトゥーンが進出するアメリカは、マンガ愛好家500万人市場。そこに勝機と商機があるのでは? 日本も遅れてはなるまい……という話に冷水をぶっかけるレスポンスで、ちょっと私は笑ってしまいました。

北米500万人という市場はあくまで「アメコミ」と呼ばれるDC・マーベルのマンガ愛好家であり、日本のマンガスタイル、日本のマンガそのものを愛読する層はさらに一部の好事家。
そう考えると、果たして海外を大きく視野に向けるべきか、縦スクロールマンガのスタイルが実際受け入れられるのか……ちょっと二の足を踏んでしまう日本のマンガ業界。あまり海外に積極的に売って出ない出版社の姿勢もなんかわかるような気がします。

しかし、上記エントリー、引用部分の直後、執筆者の菊地さんはこう繋げています。

改めて縦スクロールマンガを描いても良いですし、思い切って既存の日本マンガを縦スクロールにカスタマイズする工夫をしても良いかもしれません。

comicoの縦スクロールマンガを紙の単行本で発刊する際、苦労して縦スクロールマンガを紙の漫画に再編集したということがありました。それであれば、制限は沢山あれど、逆もまた出来るのかもしれません。

 せっかく豊富なマンガコンテンツ揃ってんだから、韓国の遅れを取らずに、積極的に「縦スクロールマンガ」へのローカライズ、進出に乗り出せばいいのに、と。

また、このエントリーそのものをFB上にシェアしたところ、ご本人から下記のようなレスポンスもいただきました。(つまりこのエントリーは逐次編集・追記しています。)

日本最大の課題は少子高齢化、若者もお客さんもどんど減ります。
世界最大の課題は人口爆発。スマホ人口同様、世界のお客さんはどんどん増えます。

 だからYou、(縦スクロールマンガで)海外展開しちゃいなよ! 今でしょ! 的に菊地さんはおっしゃるのです。

この点、私は非常に同意するのですが、そもそも「縦スクロールマンガ」に対する業界や読者の嫌悪感があるのは確かで、私はまず、その日本のマンガ業界、マンガ読者の意識が改められるべきと考えています。

そうじゃなきゃ、ウェブトゥーン・縦スクロールマンガの海外への進出には、良質なコンテンツが確実に不足している――

縦スクロールマンガは“日本”で覇権を握れるか

アラサー以上が嫌悪感を示す「電子書籍」

さて、では日本の現在のマンガ市場を考えてみましょう。
実際に具体的な数字は挙げられませんが、業界に身を置く作家のひとりとして、体感していることを書きます。

上の項で述べたとおり、アメリカ・海外への展開は、まだまだこれから。実際のところ市場として成立するのかどうかは未知数ですが、日本においてはどうでしょうか。

私の身の回りは、私自身が40歳。ジャンプが600万部という数字を叩きだしたマンガの黄金期を知っており、マンガに限らず本は当然「紙」で読むもの。そういう認識の人達ばかりです。
そういう私の年代以上の人は、これは単純にプライベートで付き合いのある友人知人に限らず、マンガの業界人においても、まず「電子書籍」にすら懐疑的です。

(電子書籍は)読んだ気がしない、読めない、本棚に並べられない。

そうして電子書籍にすら触れない人々が、縦スクロールマンガなんて見た日には、「マンガじゃない」という判断をして鼻にもかけない。

ですが、そんなアラサー以上の人達の目に入っていない「マンガの読者層」が実はあります。それが「デジタルネイティブ」と呼ばれる若い世代。彼らはどこでマンガを読んでいるのか――

とある編集者の話

知人のマンガ雑誌の編集者の話です。書店でcomico作家のサイン会が開催されると聞いて、こっそり偵察のつもりで様子を見に行ったそうです。
そこで見たものは、十代とおぼしき若者達の列。
書店で開催されるマンガ家のサイン会と言えば、昔ながらのマンガファン、だいたいアラサー以上の参加者が集まるもの。しかしcomico作家のサイン会には、その半分ほどの年齢の若者だけが集まっていた。
(自分の抱える作家の)サイン会に集まるようなマニア層はこれからどんどん年齢が高くなっていく。自分達が欲しくて、開拓したい“若者”を集めているcomico作家サイン会の様子に、何かくやしいものを見た――と彼は言っていました。
(そんな話を聞いたからこそ私は、comicoというウェブサービスに興味を持ち、実際にサービスをしばらくウォッチし、編集部にまで見学に行きました。結果的には大した情報は得られなかったのですがw)

彼ら若者読者が読んでいるもの。それが縦スクロール式スマホマンガ。世界では一部の好事家のためのコンテンツでありながら、昔ながらのマンガ文化が成熟している日本では、実は下の世代も、そうした新しいカタチのマンガに慣れ親しんでいる。

もちろんそれは、comicoに限らず、スマホやPCで供給されているウェブマンガ全般が「無料」であるから、タダで読めるからというのが、お金をあまり持っていない若者世代が飛びつく大きい理由のひとつではあると思うのですが、それにしても我々古い(紙の)世代のマンガ読みがあえて存在を無視するように避けているウェブマンガ・ウェブトゥーン、電子書籍には、実は多くの若い読者(市場)の存在があることも無視してしまっているのでは……と私はちょっと気になりました。

十代の若者という“市場”を無視できない

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だって、サイン会に十代の若者ばかりが並んでいるというのですよ?
comicoでは第1話から最新話まで、全話無料でスマホで読めるマンガにもかかわらず、改めてコミックスにまとめられたものを、彼らはなけなしの小遣いをはたき書店で買っているのです。

その読者、市場。「(ウェブトゥーンは)今まで自分が読んできた(描いてきた)マンガと違う、別物だ」とシカトするには、惜しいと私は考えます。

ただし、縦スクロールマンガは未熟なコンテンツ

そんな多くの隠れた読者を抱え込みつつある縦スクロールマンガ。comicoという代表的なサービスは、ギャラや、マンガの作り方が従来のマンガ業界と違い過ぎ、これまでのマンガ作家が参入しにくい状況です。

こうしたcomicoから発せられたアナウンスを読めば、どうしても旧来のマンガ家は違和感を感じるでしょう。これは(自分の描いてきた、作ってきた)マンガではない、と。

しかし逆に、これまでのマンガ業界を知らない素人同然のマンガ家志望者が作品をアップし続け、正直、「お金をとれるもの」ではない作品、有象無象が氾濫しています。それは「無料だから」というお題目で発表され、その中でもキラリと光るものが編集部に吸い上げられ、公式作品としてcomicoのサービスの中で「プロ」になっていく。

またサービスそのものとしてのcomicoは、スマホ主体のサービスとなっているため、どうしても「Apple」「Google」という“監視システム”の影響下にある。
ちょっとcomicoの「チャレンジ作品」(投稿部門)を観察し続ければ、エロやバイオレンスに過敏で、そうしたテイストの投稿マンガがすぐさま削除されていく様子が見られます。

かつてエロ方向でぐんぐん業績を伸ばした「ケータイマンガ」が、スマホ時代に入り、Apple、Googleのチェックに弾かれ、スマホに参入できず、業績をガクンと落とした……というマンガ業界の話があるんですが、これはあまり知られてないでしょうか。

そうした「チェック」の厳しさからか、comicoやその他スマホに特化したウェブコミックは、エロにもバイオレンスにもぬるい、幼稚なマンガばかりになっている状況もあります。(作家自身が「自主規制」「大人の事情」と、エロやバイオレンス描写を甘くしているというコメントさえマンガの中で発しているのが見られます。)

マンガ雑誌ではハチャメチャと自由に描ける突飛な発想、エッジな描写、インパクトある絵や話が、描けない。これはスマホマンガ、縦スクロールマンガの現状の弱点と言えます。

古株こそ注目したい新しいマンガへの挑戦

私はこれまでの紙の世代のプロ作家として、こうした新たな「マンガの姿」を、「マンガじゃない」「未熟だ」とDISるのはカンタンです。ですが、あまりにも惜しい読者、惜しい市場。

未熟なコンテンツが氾濫し、有象無象の中から、新たな形の「マンガ」「プロマンガ家」が生まれている。隠れた大きな読者市場を獲得している。そこには、これまでのプロマンガ家だからこそ挑戦し、食い込める“隙”があるのでは、とやきもきしてしまうんです。
例えばAppleやGoogleの規制があるなら、その規制をどうかいくぐるか。それがプロの仕事の見せ所……じゃないですか?w

ウェブトゥーンの未来は、まだまだ未知数かもしれない。けれど、確実に日本というマンガ文化の成熟した社会では、縦スクロールマンガはまだまだアリ、これから掘り起こせるものなのではないかと。

我々紙のマンガ世代のロートル作家も、まだまだ若者相手に、やれることはあるのではないでしょうか。
それがまた、これから縮小していく日本という市場を超え、世界戦略に繋がる、日本のマンガ業界の風穴になるかもしれませんよ。

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