漫画原作者の猪原賽@iharadaisuke です。個人的に親交のある漫画原作者・星野茂樹さんの作品『解体屋ゲン』は、なぜかコミックスの出ていない人気長期連載作品として一部のマンガ読みの中で話題の作品ですが、今月、漫画作画担当の石井さだよしさんが「過去の全話無料公開」というツイートをし、ネット上での話題となりました。
今回はその“衝撃”を取り上げつつ、「マンガは雑誌で読まない、コミックス待ち」という方に、コミックスがなかなか出ない底辺原作者(=俺)の悲しみを白状したいと思います。
【1】コミックスは必ず出るわけではないんです
1-1:コミックスが必ず出るのは一部の週刊少年誌だけ!
私がこれまで立ち上げた連載は、必ず友人に「読んでね」と連絡して来ました。別に雑誌を買ってもらうよう(そしてアンケートを入れてもらうよう)強要することはありませんが、たったひとつ、受け取った返事で残念に思うことがあります。それが……
「コミックス出たら読むよ」
というひとこと。
これ、ものすごく傷つくんですよ。なぜかと言うと、もう二度と、告知した作品を読んでもらえない可能性がある。端的に言えば、「マンガは必ずしもコミックスになるわけではない」。
私は15年マンガ業界で食っていますが、友人にすら読んでもらえず、人知れず終わった連載数多く。コミックス化されていない作品も多いです。
みんな、「連載マンガはすべてコミックスが出る」という認識を改めてほしい。どんな10週打ち切り作品だろうとコミックス化されるのは、週刊少年ジャンプとマガジンくらいじゃないでしょうか。
1-2:コミックスは必ずしも出るわけではない
サンデーであっても、全○巻と言いながら、最終回まで収録せず途中で止まっている例(『戦国甲子園』や旧版『神聖モテモテ王国』等)はありますし、チャンピオンで単行本が出ない例は、ネット上のマンガ読みの間で「タンコーボンダシタイナ号」というワードで語られるほど、言わずもがなです。
週刊少年本誌ですらそうなのだから、その増刊枠等の「マガジンSPECIAL」「別冊マガジン」「サンデーS」「別冊少年チャンピオン」、その他月刊誌ともなると未単行本化作品は多くなります。
そして、俗に三大出版社と呼ばれる集英社、小学館、講談社以外の出版社から出ている、マイナーと呼ばれるマンガ誌まで広げれば、コミックス化されない連載マンガは数えればキリがありません。
1-3:コミックスが出ない連載マンガがあるワケ
端的に言えば、人気がないからです。コミックスにしても売れないだろう、という出版社の判断があるからです。
アンケート結果だけでなく、それまでのその作家の他のコミックスの売上から判断されたりします。
最初からコミックス化を予定せず、作家の印税収入が見込めない分、原稿料が規定より高めに設定されている例もあります。(レディースコミックなど、雑誌で読まれることが前提となっているジャンルでは、かつてそういうことがあったと聞きます。)
そして、底辺漫画原作者・猪原賽の作品は、最上位で「週刊少年チャンピオン」で連載されていた『悪徒-ACT-』。
それ以外はだいたい“マイナー誌”での連載。つねに「コミックスが出ないかもしれない」恐怖と戦って来ました。その実、『悪徒-ACT-』も、コミックスの2巻で止まり、3巻以降が発売されない事態となり、その後出版社を変え、完全版2冊にまとまった経緯もあります。
コミックス第1巻が出るかは、アンケート次第。読者の反応次第。
1巻が出ても、売上が伸びず、続刊無し→打ち切り。私はそんな連載を繰り返して来ました。よくまだ仕事出来てると思いますわ。
1-4:「コミックス出たら読むよ」には苦笑いするしかない
そんな環境で、せめて友人には応援して欲しい。そういう気持ちで新連載をお知らせした返事が「コミックス出たら買うね」ならば、私は「せめて友人が読んでその反応がないと、まずコミックスにもならないんだってば」という失望の言葉をグッと飲み込み、「よろしくね……」と苦笑いするしかないのです。
ここまで読んで、多くの読者はこう思うでしょう。売れそうにない、実際売れないつまらないマンガ(原作)をお前が書いてるからだろうと。そこはもう、数字で判断するならそうでしょう。甘んじて受け入れます。
でも、マンガ業界にはひとつ、謎の「コミックス出てない」作品があるんです。それが冒頭の、週刊漫画TIMES連載・『解体(こわし)屋ゲン』。
【2】デジタル時代の「新たな光」
2-1:連載13年!通算656回!『解体屋ゲン』はコミックス3冊のみ!
『解体屋ゲン』は2003年に、短期集中連載から本格連載に昇格。年明けの来年1月、連載約13年を迎えます。今週は第656回が掲載されており、週刊漫画TIMES誌上では常に掲載位置上位。今週号は、雑誌の表紙になっています。
雑誌の看板たる表紙登場回数は、週刊少年チャンピオンの『弱虫ペダル』級に多い作品です。
ですが、これまで発刊されたコミックスは……
芳文社コミックス版の第1巻のみ。(amazonでは表紙すら表示されない!)
その他、傑作選という形で2冊のコンビニコミック版が出ているだけです。
私は、原作者の星野茂樹さんとは面識があり、何度もお酒を飲んだり、メールで業界トーク往復する仲ですが、この謎のコミックス未発売状況の理由を問うても、明確な理由をお話してもらうことがなく、「なぜだろうね(笑)」とはぐらかされてばかりです。
ですが、なんとなく状況的に私はこう想像するのです。
2-2:『解体屋ゲン』のコミックスが出ない理由を想像してみた
これはあくまで、私の想像です。状況から考えるに、こうだろうなという私のひとつの解に過ぎません。
おそらく、『解体屋ゲン』は、1巻の売上げがものすごく悪かったんじゃないでしょうか。2巻を出せる数字じゃなかった。だが、アンケートはものすごく良かった。
ほぼ毎回読み切りの形式での連載なので、コミックス出さないで、とりあえず連載だけ続けてみた。
読者もコミックスを読み返すことなく、毎回単発で新鮮に読めるストーリーなので、あまりコミックスへの需要がなかった。
そして13年。雑誌の看板とも言える作品に成長したが、1巻の数字が会社に残っている以上、突然2巻から発刊を再開することが出来ずにいる……
ただ、その出発点は、コミックス第1巻が発刊された2003年の判断です。出版不況と呼ばれるこのご時世なら、きっと、アンケートが良くても「打ち切りで」という判断があってもおかしくない。
雑誌を読み、アンケートを投じる当時の読者の応援があったからこそ、『解体屋ゲン』はコミックスが出ずとも、雑誌の顔とも言える作品に成長した。
私はそういうことなんじゃないかと想像します。
2-3:『解体屋ゲン』新展開!なんと過去Epを全話無料配信!?
しかし、13年もの連載を続ければ、たとえ1話完結スタイルの連載であっても、登場人物達が重ねる歴史がそのままドラマになっていきます。フェードアウトしたキャラが戻って来ると、長年の読者は「待ってました!」と喜ぶでしょう。
だが、コミックスでその復習が出来ない。なんでコミックス出てないの? そんな声は地味に高まり……
なんと、今月中旬、マンガの作画担当である石井さだよしさんから驚きのツイートが!
長い間お待たせしました「解体屋ゲン」全話無料配信決定です!!
ただいま配信に向けて作業中!年内に配信できる見込みです。
ゲンさんファミリーの方々も読んだことのない方々もよろしくお願いします。 pic.twitter.com/L8Kh3BBgz1
— 石井さだよし (@isshy22) November 14, 2015
全話無料配信決定!? そりゃビッグニュースだ!
詳細は語られておりませんが、とりあえずは短期集中連載だった4話と、連載第1〜100話のエピソードを(おそらくWEBで)無料配信するとのツイート。600話オーバーの話数を重ねながらも、週刊誌ゆえのたった1週間の一期一会のエピソード。現在もつづく連載のキャラの関係とドラマを復習することが、近々できるようになるという。
コミックスが出ないなら、無料でまとめて配信しちゃおうという試みは、ネット社会の新しいマンガのあり方のひとつであり、コミックスを出したくても出せなかった私のような底辺マンガ家(漫画原作者)の、今までお蔵入りせざるを得なかった作品に、改めて光をあてる新たな解のひとつではないでしょうか。
【追記】『解体屋ゲン』無料アプリが出ました!詳細は下記!100話まで無料で読めます!(iOSのみ/期間限定)
ゲンさんからのクリスマスプレゼント!連載13年にしてコミックスが出てない謎のマンガ『解体屋ゲン』無料アプリで一気読み!!
2-4:未コミックス化マンガに光をあてるもうひとつの方法(デジタル編)
もうひとつ、マンガ家の赤松健先生の運営しているサービス「マンガ図書館Z」も、「未単行本化作品」に陽をあてたWEBマンガサービスです。
「Jコミ」「絶版マンガ図書館」そして「マンガ図書館Z」と名称が変遷してきたこちらのサービスは、絶版という終わった作品を、WEBで(あるいはアプリで)無料で読めるようにするというマンガ業界の再利用系サービスですが、実は「未単行本化作品」も掲載しています。
現在は絶版に限らず、ウェブ上に違法DL出来る状態になっているマンガ作品のサルベージサービスとして、マンガ版YouTube的な側面も働き出し、作家自身が手続きすると煩雑な、Kindle化代行サービスや、PDFでのデータ販売もするようになり、特に「未単行本化作品」に関しては、amazonPOD(プリント・オン・デマンド)サービスを利用し、読者が1冊からコミックスを印刷、手に入れることが出来るようにまでなっています。
私の過去作品、絶版だった『学園ノイズ』や『下町狂い咲きキネマ』も、現在amazon上で販売されているKindle版は「マンガ図書館Z」のKindle化代行サービスを利用したものです。
2-4-1:マンガ図書館Z掲載の「未単行本化作品」の例
2-4-2:なお、代行に頼らずKDPで自己出版する例もある
こちらはマンガ家の徳光康之さんの、セルフパブリッシング。往年のコミックスを、なんとご自身でKindle化。Twitterでは精力的に営業活動をされております。未単行本化作品ではありませんが、作家が一人で、自分でもコミックスを(電子ならば)出せる。そんな例のひとつです。
ちなみにこちらは、このブログを書いている漫画原作者・猪原賽が、過去頒布した同人誌、創作読み切りマンガを、私自身の手でKindle化してみたもの。意外とカンタンに作ることが出来ました。
「マンガ図書館Z」は商業出版作品に限るサービスなので、同人誌は自分の手でKindle化してみる。そんな試みをみしてみたものです。
2-5:未コミックス化マンガに光をあてるもうひとつの方法(アナログ編)
これは、秋田書店「ヤングチャンピオン烈」誌に連載されていた『抱かれたい道場』(中川ホメオパシー)。
2冊ありますが、判型が違うのは、1冊は公式に秋田書店から発刊されたコミックスで、もう一方は「おおかみ書房」というインディーズ出版社から出たものです。
『抱かれたい道場』は売上げがよろしくなく、中川ホメオパシーさん(ちなみに2人組のコンビ作家)はタンコーボンダシタイナ号に乗ってしまった。続きがあるのに、コミックスの続刊が出なかった。
それを吸い上げたのが、ブログ「なめくじ長屋奇考録」を運営する劇画狼(げきがうるふ)さんが立ち上げたインディーズ出版社「おおかみ書房」。左側の判型の大きい『もっと!抱かれたい道場』は、コミックス2巻にあたる内容を収録したコミックスで、一般流通には乗らないものの、通販と一部書店での販売のみで、初版の刷り部数は1,000部。
この数字は大手出版社では大赤字の数字、だからこそ続刊が出ないわけですが、インディーズ出版ならではのフットワークの軽さと、熱望していたマニアの読者のおかげで、即時500部の増刷がかかり、中川さん自身初の増刷経験となったそうです。
デジタルではなく、紙媒体という物質でコミックスの続刊をはかる。「おおかみ書房」はアナログの、未単行本化作品の受け皿としても機能しているわけです。
【3】やはり正当に「コミックス」を出したい!
マンガ業界は「出版不況」の中で、コミックスそのものが出版されない例が増えて来ていますが、こうしたいろいろな試みが、今はある。
でも、願わくば、冒頭のように……最初から、普通に連載マンガが、その出版社からコミックスになれば、それが一番なんです。
ぜひ、「連載マンガがコミックス化されるのは常ではない」ことを知っていただき、あなたの好きな作品を、雑誌上で応援していただきたいなと。「待てども待てども続きが出ない……えっ、終わってたし続刊無い!?」という“コミックスで読む派”のショック事例は、今後も多くなっていくと思いますよ。
その受け皿として機能する「マンガ図書館Z」やKindle、おおかみ書房、そして『解体屋ゲン』のような例。それはありがたいことだけど、作家にとっての最終手段であって欲しい。そんなふうに私は思います。
3−1:私の「漫画原作シナリオ集(電書版)」販売中です
上巻は107円、下巻は215円です。「猪原式シナリオ」で書かれたマンガ原作と、それに対する横島一さんのネーム作例が収録されています。
「kobo」「iBooks」等、電子書籍サービス各社でも発売中です。
3-2:今回言及した主なマンガ
※のちにジャンプで『忍空』を描く桐山光侍先生のサンデー作品。全6巻と書かれていますが、最終話までの5話が未収録です。

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※週刊少年チャンピオン版は2巻まで。全話収録の完全版がこちらの上下巻2冊です。

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※『解体屋ゲン』の貴重な、コンビニコミック版2冊です。
※童貞力高い方必見の、超・童・貞 ギャグマンガ。オススメです。